「人と関わることが何よりも楽しい 桑田ゆきのさん」 (クリエイティブ・ライティングコース 山脇益美)

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【2008年度後期「ことばと表現」レポート】

人と関わることが何よりも楽しい 桑田ゆきのさん (山脇益美)

 毛糸の帽子、ブルーの襟巻。ところどころ白髪の混じる、ふわりとした髪の毛。小さくて可愛らしい目。顔じゅうに広がるしわには、ゆきのさんの人生がいっぱいに詰まっている。そこには今までの苦労や悲しかった出来事も刻まれているはずなのに、絶やすことのない笑顔と生まれもった明るさが、そんなものをワハハと吹き飛ばしているようだ。軽快な大阪弁が、まわりの人間をさらに楽しい雰囲気にさせる。
 昭和9年大阪府豊能郡生まれ。現在75歳の桑田ゆきのさんは、自分のことを「愉快な人間」だという。もともと人と関わるのが好きで「人と話さな、人の話を聞いとかな生きていかれへん」と語るゆきのさんは、今までの人生の中でたくさんの仕事をして、たくさんの人物に出会ってきた。

エピソード1 能勢電鉄「平野」駅の社員食堂

 昭和38年から48年、30代は「食堂のおばちゃん」として兵庫県川西市にある能勢電鉄「平野」駅の社員食堂に勤務していた。客は主に電車の車掌や職員で、メニューはそれぞれ一週間ごとに自分たちで献立を考えていた。朝はみそ汁やのり、漬物で、昼はコロッケやサラダなど。自宅から駅まで通勤するのが大変だったために、36歳のとき自動車免許も取得した。職場では「くわたん」という愛称でみんなに可愛がってもらい、充実した環境だったという。さらに当時は社員割引ということで、系列だった阪急電車だけでなく、阪神国鉄(現JR)の運賃もすべて無料だった。そのつながりで映画館も無料だったそうで「犬神家の一族」や「13日の金曜日」などを観たり、20代からの趣味であった俳句の句会のために、奈良や京都へも気軽に行けた。
 この仕事を辞めるときに、上司から「他の会社へ行くのなら辞めんといて」と言われた。しかし、退職理由が「家で喫茶店を開業する」ということだったので「(喫茶店というかたちで)自営するんやったら、仕方がないなあ」と許してもらい、ゆきのさんは駅の職場から離れることとなった。

エピソード2 喫茶店「マキ」の経営

 昭和48年頃から、いわゆる不動産ブームがおこり、ゆきのさんの家でも豊能郡能勢町大里の阪急バス営業所の近くにある土地を購入し、喫茶店を営業することとなった。「マキ」という店名の由来は、ゆきのさんの母親の名前。仕事が忙しく、娘や息子の育児を母親に任せっきりだったために、感謝の意味を込めて名付けたのだそうだ。当時CDなどはなく、店の音楽はジュークボックスと呼ばれる機械で流していた。お客さんが100円を入れて、好きな音楽を6曲選ぶ。ビートルズから美空ひばりに至るまで、店内は70年代のヒット曲で溢れていた。メニューはカレー(当時300円)やサンドイッチ(同400円)、コーヒー(同150円)やミックスジュース(同200円)など多彩で、食堂に勤めていた頃の経験が役に立ったという。高校生だった娘もアルバイトとしてお手伝いし、店内はとても賑わっていた。しかし学生が授業を抜け出して休憩していたり、酔っぱらいのおじさんが店に怒鳴りこんできたこともあって、近所の人からは「ここは不良の溜まり場や!」と言われることもあったそうだ。それでもなんとか10年間営業していたが、経営不振のため、喫茶店「マキ」は惜しまれつつ閉店した。ゆきのさんは49歳だった。

エピソード3 65歳からは趣味に生きる

 喫茶店閉店後もホテルの清掃員などさまざまなパートをしてきたが、65歳になって年金がもらえるようになった。それにともなって今までは仕事中心の生活を送ってきたが、老後は「自分の好きなこと、趣味に生きよう」と考えるようになる。20代からの趣味だった俳句はもちろん川柳や水彩画など、町内の教室やデイサービスに通いながら、いろいろな趣味の幅を広げていった。第一に作品をつくっている雰囲気が好きで、教室の仲間や先生とおしゃべりしてふれあうことが楽しいのだそうだ。ゆきのさんは「いろいろなものを作ることを通して、人と関われるのがうれしいんや」と笑う。現在も町の文化祭に作品を出展したり、俳句の大会や雑誌に投稿したりと、制作意欲はとどまることを知らない。

 ゆきのさんの人生はけして平坦なものではない。戦時中に生まれ、高校は中退した。次男の死別、離婚も経験している。しかし顔にはそんな過去はうかがえることなく、つねに明るい笑顔でまわりを和ませる。
「つらいこと、ストレスもたくさんあった。せやけど仕事をして人と関わることによって、そんなことを自然と溜めこまへんようになった。わたしは愉快な人間やから、くよくよせえへんということもあるやろうけれど、ほんまに楽しいねんで」
 そう言って笑うゆきのさんは、これからも人とたくさん話し、ふれあうことでこれからの人生をもっと楽しんでゆくのだろう。


(2008年度ことばと表現ⅠO 課題レポート「聞き書き」 2009年2月2日)