【2008年度後期「ことばと表現」】 『聞き書き』 (杉崎香織)

【2008年度後期「ことばと表現」レポート】

聞書き 杉崎香織 (クリエイティブ・ライティング・コース)



今での人生の中の三つのエピソードって言われても、あまり大したものはないと思うけどと言って笑う母。それでも構わないから何か聞かせてと頼むと、とりあえず話し始めてくれた。

エピソード1

私がまだ東京で働いていた時、会社の寮で暮らしていたのね。その時の出来事だけど、まぁ話すけど、現実味はないと思うよ。その日もさ、仕事があって夜になってから帰ってきたんだよ。お風呂入ってさっぱりしたいと思って、お風呂場まで行ったのね。それでほら、お風呂のお湯が冷めないようにする蓋あるじゃない? それをね、閉じていたからお湯を溜めるために開けようとしたのよ。そしたらね、ほら、もうわかったでしょ? よく話とかであるじゃない、こういうのって。うん、いたのよ、誰か。あんたねぇ、知らない人に決まっているでしょう。で、叫んでその場から離れたの。その後? もう一回お風呂場行ったけど? まだいたら嫌だけど気になったし、お風呂入りたかったんだからしょうがないじゃない。はい、お終い。あぁ、前に話した背中誰かに撫でられた場所と同じ場所の話だよ。やっぱりお墓が裏にびっしり並んでいるとこに立てるのも、考えものだよね。霊感ねぇ。でもさ、新津のばあちゃんもそういうの強かったって前に話したでしょう。だからあんたも、母方に似ていれば受け継いでいるんじゃない? そんなに気にするもんでもないって。

エピソード2

次は、うん、あれだね。あんたがまだ一歳で、タカが生まれたばっかりの赤ちゃんだった頃のこと。お母さんあの子抱いて裏の外であやしていたのよ。あんた? あんたは確かお父さんと家の中でいたっけな。本当に一瞬のことだったよ。ただ普通にタカのこと抱っこして外で立ってただけなのにさ、急にあいつがポーンって宙に跳ね上げられたのよ。そのまま地面に落ちちゃってさ、泣いてるの。ちょっとの間何が起きたのかわからなくて放心状態なっちゃって、頭が働きだした途端に悲鳴上げてあの子抱き上げたのよ。そしたらそれが聞こえたのか、家の中からお父さんとかが慌てて飛び出してきてもう大騒ぎ。バイクだったかな、確か。すごい速さで走ってっちゃった。所謂轢き逃げってやつだったわけ。そうだよ? あいつ一回轢かれてんだよ? 怪我? それがさ、あいつ何でかわからないんだけど、無傷だったんだよね。うん。掠り傷一つなしで。犯人はそのまま逃走。今も捕まってないんじゃない?はい、二つ目お終い。

エピソード3

最後か、あと何あったかな。そうだ、あんたパン屋さんのあれ、覚えてる? そうそうあの時の。あれは本当にびっくりしわ。だってさ、全然見えなかったのよ、わかる? パンが並んでいる棚があるじゃない。それが続いてて、一カ所に空間が空いてたのよ。普通さ、通路とかだと思うじゃない? だから、その時のお母さんはそう思ったの。だからそこを通り抜けようとしたのよ。そして、そう、ガラスがバリーンって。聞こえた? あんたそれだけ覚えてるの? まぁ小さかったしね、あんたたち。救急車は? ばあちゃんか、そう言えば一緒に行ってたね。三針だった。まだ傷残ってるよ。ほら、左足の膝のとこ。あれは本当に失敗だったわ。もうやらないわよ、あんなの。当たり前でしょ、一回でもう充分です。はい、これで三つ全部お終い。これでいい?